インクルーシブ教育とは?障害者との共生社会実現に向けた取り組み
インクルーシブ(inclusive)とは、「包み込む/包括的」とう意味の言葉。インクルーシブ教育とは、普通学級で障害の有無を問わず全ての子供に平等に、ニーズに合った教育を行うことです。
健常児と障害児がただ同じ場所で学ぶだけではなく、障害児の人権が個々の障害に応じて保障され、教育や就業などの社会生活においても平等に参加できるように配慮されること(合理的配慮)が必要ですが、学級崩壊などを心配する保護者の声もあります。
そこでこちらでは、なぜインクルーシブ教育が必要なのか、インクルーシブ教育のメリットとデメリット、文部科学省が進めるインクルーシブ教育のシステム構築、先進国の実践例、今私達にできることは何か、日本が抱えているインクルーシブ教育への課題についてご紹介します。まずはインクルーシブ教育を知るところから始めてみましょう。
国連も求む!インクルーシブ教育と必要性
明治末期から昭和初期にかけて活躍した詩人の金子みすゞさんは、『わたしと小鳥と鈴と』という詩の中で「みんなちがって、みんないい」と言っています。障害を個性と捉え、健常児も障害児もみんな違うからこそ、みんないいんだというこの考え方こそが、インクルーシブ教育の基礎です。
インクルーシブ教育は、国連総会でも十分に検討されて決められた障害児の権利。ところが日本国内ではこうした障害児の権利についてパパやママの間であまり知られていないのが現状です。メリットとデメリットともに、インクルーシブ教育の必要性について見ていきましょう。
国連総会と障害児の権利
2006年12月、国連総会で「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」が採択されました。障害者権利条約には、締約国があらゆる障害者(身体障害、知的障害、精神障害等)の健全な成長に必要な環境や、教育を与える努力をすることなどが記され、2016年時点で174の国や地域が締結しています。
もちろん日本政府も2007年に署名。2014年より日本でも効力が発生し、2016年4月からは「障害者差別解消法」も施行されました。
つまり日本だけでなく世界から、大人も子供も障害者への合理的配慮について理解を深め、実際に行っていくことが求められているのです。
合理的配慮とは?
障害者から社会とのバリアを取り除くために何らかの対応が求められた際に、負担が重すぎない範囲で障害者とよく相談し、何らかの対応をすること
障害児の保護者が子供への支援を求めるのは、当然の権利。ところが日本では、障害が目に見える身体障害者への合理的配慮には協力的な反面、目に見えない発達障害や知的障害、精神障害等への理解がまだまだ不足しています。
そのため健常者の中には、学校生活だけでなく社会に出て同じ職場で働くことになった際、強いストレスを感じてしまう人もいるのです。
インクルーシブ教育のメリット
子供達が社会で様々な人と協力しながら楽しく生きていくためには、障害への理解や合理的配慮の方法を学べるインクルーシブ教育がとても大切です。
障害児は同年代の健常児と触れ合うことで、真似をして生活能力が上がったとの報告もあります。
また健常児も障害者に対する理解を深めることで、思いやりや優しさを学ぶことができます。困った時に助けを求める勇気を学べるというメリットもあります。近くで接することで障害者に対して理解を深められるため、否定的な感情や偏見を抱きにくくなります。
障害なんて子供には存在しない
息子の通う幼稚園に言語障害のお友達がいます。初めて会った時、年齢よりも幼く何を言っているか分からないその子の言葉に戸惑いました。
幼稚園にお迎えに行ったある日、息子とそのお友達が楽しそうに話しているのを見ました。しかも、お互い会話が成立しており、二人でケラケラ笑っているのです。息子に「お友達のお話分かるの?」と聞くと「分かるよ。でもお話得意じゃないから、一生懸命聞くんだよ。今練習中だって言ってたよ。」と笑って言うのです。
その言葉を聞いたとき、私は障害を持っているからその子の話を注意深く聞こうとしなかったのだとハッとし、自分の至らなさに恥ずかしくなりました。
以来、お友達とも他の子のようにお話ししています。少し注意深く聞けば、きちんと伝えてくれていることも身をもって分かりました。幼児のうちからインクルーシブ教育を受けていれば、障害と言う言葉は存在しないのだと強く実感しました。
インクルーシブ教育のデメリット
障害児と生活を共にするようになると、先生からお世話係を任命されたことで、マイナスイメージを持ってしまう児童もいるでしょう。世話係を負担に感じてしまった子供は、障害者に対し良い考えが持てず、差別的な考えが生まれるとの報告もされています。また活動への制限が生じる場合、不満を持つ子供もいるでしょう。
障害児が健常児と同様に出来ない現実に対して、劣等感を抱く可能性も否定できません。子供が家庭で否定的な発言を繰り返すなどの問題が生じた場合、障害児の保護者も健常児の保護者も必然的に担任と連絡を取って話し合うことが必要になるでしょう。
このようにすれ違いからぶつかり合いが生じることもあるため、全ての先生に特別支援教育への知識が必須となります。そのためには外部の人材による専門性の確保も必要ですのでコストがかかります。
きちんとした知識や技能を持った教師を増やさなければ、ただ同じ空間に子供達を詰め込んだだけで支援を受けるべき子供を放置する状況になるでしょう。健常児の学習にも支障がでて偏見を生みかねません。インクルーシブ教育を行う際は、教師が子供の性格を見極めた係り分担にするなどの専門的な対応が必要になるのです。
文部科学省が進めるシステム化
文部科学省は現在の重要課題として、子供達が障害の有無に関係なく可能な限り共に学ぶ仕組みを作ることに取り組んでいます。この仕組みを「インクルーシブ教育システム」といいます。
インクルーシブ教育システムを構築するにあたり、文部科学省は下記の3つが必要な条件だと考え、就学先決定などに取り入れています。
インクルーシブ教育システム化に必要な条件
- 障害児に必要な教育環境の整備
- 障害児への合理的配慮の提供
- 一般的な教育制度から障害児を除外しないこと
2013年、障害児の就学先決定の仕組みが改訂されました。その結果、早期から本人や保護者への十分な情報提供がされるようになったのです。
具体的には、従来障害児は原則として特別支援学校に就学するという仕組みでしたが、現在は障害の状態、教育上必要な支援の内容、本人の要望、保護者の意見などを専門家が調べ、専門的見地から意見し、総合的な判断が行われるようになりました。
最終的には本人や保護者の意見を尊重し、教育的ニーズとの合意を行ったうえで、特別支援学校もしくは小学校(特別支援学級普通指導)のどちらに通うかが決まるというシステムに変わったのです。
インクルーシブ教育への先進国の実践例
個々や学校単位で成功事例を出す国もある中、制度を見直し、改革することで州や国単位で広くインクルーシブ教育促進に努めている国もあります。
イタリア
イタリアはインクルーシブ教育の指導者とされてきました。1970年代初期には、障害のある生徒の公立学校普通教育における義務化を定めた国内法が採択されました。
国内法を受けて担任をサポートする特別教員が養成さるなどの対応がされています。イタリア教育省の報告によると、現在障害児の大多数が普通学級に在籍しています。
ニュージーランド
ニュージーランドでは、障害のある子供の96%が普通学級で教育を受けているとの報告があります。
障害児と健常児の全てのニーズを受け入れ、適した環境で教育を受けることを保障しようと取り組んでいて、その結果今やインクルーシブ教育の教育先進国の一つとなったのです。
フィンランド
フィンランドでは、手話を公用語の一つとするバイリンガル校を設立しました。この取り組みは革新的で、組織的なインクルーシブ教育の実践の基礎とされています。
手話を母語として認めたことにより、耳の聞こえない子供に手話で教育を受けさせたいと考える親が増え、学びの場が広がったのです。
カナダ
カナダのニュー・ブランズウィック州の州法では、インクルーシブ教育が義務づけられています。
このようになったのは、1985年のカナダ権利と自由の憲章以降。これにより親や教師からインクルーシブ教育の要求が高まり、1986年に法案が可決されたのです。
以降20年以上インクルーシブ教育に取り組んでおり、国内外で評価を受けています。
私達は具体的に何ができる?
インクルーシブ教育はギブスや松葉杖のように少し手助けをするようなもの。しかし日本では、その手助けをしてくれる支援員がまだまだ不足しているのが現状です。
けれど私達にも次のような取り組みはできますので、「私達に何かできることはない?」と思った方はぜひ今から行ってみましょう。
身近な障害児や保護者に声をかけてみる
障害児やその保護者を無意識に傷つけることや、知らないことで不安になることを恐れて何となく避けていませんか?
これからは困っている障害児や保護者を見かけたら、勇気を出して「困っていたらお手伝いしますので、声をかけて下さいね」と声をかけてみましょう。あなたにとっては小さな一歩でも、みんなで行えば大きな一歩になるのです。
保護者のしつけのせいだと責めない
発達障害のグレーゾーンなど障害の程度が軽くて目に見えない子供の場合、普通学級に在籍させていることもあります。その結果、先天的な障害による集団生活の困難さから、度々トラブルを引き起こしてしまう子もいます。
ところが障害やインクルーシブ教育への知識がないばかりに、「親がしつけをきちんとしないから、集団生活が乱れるのだ」「あの子のせいで授業にならない」などと、親を責めたり陰口を言ったりする保護者も実際にいます。
ですから「今は親子で頑張っている最中なのだろう」と温かく見守ることも、大切なサポートなのだと知っておきましょう。
本を読む
障害者への知識や理解はとても重要ですが、子供によって障害の度合い、種類、障害を負った経緯などは様々。「障害者への理解を深めて」と言葉で言うのは簡単ですが、具体的な行動を起こすことはなかなか難しく、忙しい子育て中で他人のために努力をする余裕がない人も多いことでしょう。
けれど1日10分本を読むだけなら意外に楽しく取り組みやすいので、障害者への理解を深め、障害は特別なことでないと感じられるような1冊を手にしてみることをおすすめします。
レインツリーの国
有川浩
角川書店
473円 + 税
有栖川さんの図書館戦争で少し登場した「レインツリーの国」。
普通の青年と難聴の女性との恋の物語ですが、平凡な青年と可愛い女性との恋の物語と言った方がしっくりぐらい、素敵な恋愛物語です。
二人を純粋に応援したくなり、面倒なヒロインも恋愛経験をしたことがある人なら可愛く、共感ができます。読み終わった後、穏やかな気持ちになります。
窓際のトットちゃん
黒柳徹子
講談社
760円 + 税
後半から戦争の話にもなりますが、「トモエ学園」のくだりは本当に現在の大阪市立大空小学校との共通理念を感じます。
他の学校でやっかいものされた子供だって良いところはたくさんあり、その子供一人一人に合った教育をすれば、のびのび成長できるのだと言われているような気持になる本です。
http://bookclub.kodansha.co.jp/
「みんなの学校」が教えてくれたこと
木村泰子
小学館
1400円 + 税
「みんなの学校」は映画化されており、文化庁芸術大賞も受賞しています。障害児も自分をコントロールできない子も全てを受け入れ、全て子供の個性と捉える素晴らしい学校で、映画と併せて読みたい1冊です。
その大阪市立大空小学校初代校長の木村泰子先生が、映画とはまた違う角度からお話をしてくれている本当に素敵な本です。
インクルーシブ教育への日本の課題
インクルーシブ教育を日本に浸透させるためには多くの課題がありますが、そのごく一部に次のような課題があります。
- グレーゾーンの子供達への対応
- 教員の専門性を高める
- 幼稚園(保育園)から小中高までの多様な学び場の確保
- 本人、保護者、教員が相談できる場所の充実
- 幼稚園(保育園)小中高から就職まで早期教育から繋がる支援の仕組み
- 保険、医療、福祉と教育との連携不足
- 就職先の決定の仕組み など
障害児教育として日本で主流なのは、障害のあるなしを区別したうえで、障害のある子供だけに特別な支援を与えるインテグレーション教育(統合教育)。これをインクルーシブ教育へと移行するのも課題です。これらを解決するには、学校の体制の整備、国や地域の環境づくりが大切になります。それと同時に個々の認識を高めていくことも重要になるのです。
一人一人が心の余裕を失わず、多様性を理解して助け合うことで温かい社会になります。相手の不足するものを責める社会ではなく、気持ちよく助け合える社会を築くことが、最終的には自分や子供達の未来を明るく照らすことになります。ぜひ家庭でもインクルーシブ教育について話題として取り上げ、自分や家族の意識を高めていきましょう。