離婚を決意した行動きっかけに関する記事

『離婚を決意した行動やきっかけは?亀裂の瞬間体験談』

離婚を決意した夫婦の行動やきっかけ体験談。携帯電話を毎日チェックされる、子育てに協力しない、浪費癖が酷いなどのエピソード。

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決意するきっかけは様々!離婚理由になった夫婦の行動

離婚を決意した妻や夫の行動やきっかけを伺いました。毎日のように携帯電話をチェックし妻の行動を監視する独占欲の強い夫に嫌気がさした妻や遊んでいる友達を羨ましく思う結婚が早すぎた妻など夫に対する不満や些細な喧嘩などが離婚を決意する理由になることもあります。

離婚を決意したのは妻だけではありません。家計を任せ信頼していた妻が、実はカードでブランド品を買い漁っていたなど隠し事が発覚して離婚を決意するケースもあります。また生活費を入れなくなった、給料について喧嘩した、など「お金の切れ目が縁の切れ目」となることもあるようです。

Q夫や妻の離婚を決意したきっかけや行動は?

ののまち
30代前半

A携帯を毎日監視する夫とこれ以上一緒にいられなくて!

付き合っていたときから、嫉妬はありました。でもその頃はそこまで酷い嫉妬ではなかったので、気にしなかったです。少しは嫉妬されたほうが愛されていると感じられていいと思っていました。しかし結婚して夫の本当の顔を知りました。最初はただご近所に住んでいる男性と親しく話していただけでした。ご近所付き合いをするつもりで、仲よくしたのです。そこを一度目撃されて、ひどく取り乱した夫に詰め寄られました。話していただけと言っても聞いてくれず、その日から携帯チェックが始まったのです。

仕事から帰ってくる夫に毎日携帯を差し出してチェックされる毎日。何も悪いことをしていないのに浮気を疑われるのはストレスでした。やがてはただの友人の男性とのなんともないメールに激しく怒るようになって、異常だと思いました。そこで離婚を決意しました。自分の人生がずっと夫に監視されると思うと怖いし嫌でした。これが離婚を決意するきっかけです。

南原
30代

A早過ぎた結婚でした。

初めての結婚は、私が二十歳の頃でした。正直実家がおもしろくなく、早く出たいと思っていました。その時出会った彼は一回り上の32歳でした。彼はすぐにでも結婚したい、と言ってくれ、わたしも勢いで結婚しちゃいたい、と思い、トントンと結婚までいきました。でもいざ結婚してみると、楽しいのはもちろんありましたが家事におわれ、友達はまだまだ学生生活を楽しんでいたり、毎日飲みにいったり、クラブに夜中まで遊びにいったりで嫉妬しました。

明らかに独身生活とは違います。大型連休には義実家に行かなければならないし、友達と遊ぶことも少なくなりました。自分もだんだんストレスがたまり、鬱状態になりました。だんだん離婚して一人になりたい、やりたいことをやりたいと思うようになり、主人も鬱状態になった私を見兼ねて離婚を決意してくれました。今でも旦那さんには感謝しかありません。

たかし
40代前半

A家族カードで破綻

結婚をしてそれぞれ別のカードを持っていましたが、妻が専業主婦で私の扶養になったこともあり私名義のクレジットカードを家族カードに変えました。結婚してからは、家計簿をつけ私のお給料でしっかりやりくりしていたので安心して任せていました。結婚して一年が過ぎた頃カードの明細などを見せなくなっていましたが信頼していたので特に聞くようなことはしませんでした。

カード会社から自分の会社に電話が入り滞納していることを初めて知りました。クローゼットの中を見ると高級ブランドの靴やバックが沢山ありお友達とランチの時に着て行ってセレブ婚と自慢していたようです。売却して支払いに充てるように言うと激怒してブランド品を全て持って実家に帰ってしまいました。何度も実家に足を運び話し合いを続けましたが離婚の方向へと話が進みカードの支払いには応じないと一点張りでした。慰謝料はいらないから感謝しろと相手の父親に言われ考え方が根本的に違い話し合いは平行線のままで仕方なく離婚に踏み切りました。

さくら
40歳

A些細な口喧嘩の繰り返し

最初は、ちょっとした意見の食い違いでした。子どもが生まれると価値観の違いというか、こちらは母親になっているのに夫はまだまだ独身のような振る舞いでした。子育てや普段の生活においてちょっとした口喧嘩が多くなり、そのうち「もうお前とは無理だ」「出ていけ」などの暴言をはかれるようになり物を投げられたこともありました。最初は子どもの為と我慢していましたが、とうとうその小さないざこざが二人の間で爆発し、離婚する!ということになりました。

しかし両親に打ち明けたところ「子どもはどうするんだ!子どものことを考えろ」とすごく叱られました。お互い離婚は無理だという結論になりましたが、そのまま気持ちは変わらないので家にいても夫がいるときは部屋に引きこもるようになりました。それが長年のうっぷんとなり、一番リラックスできて居心地のいいはずの家が一番嫌いな場所になっていることに気がつき、離婚を決意しました。ここまで10年かかってしまいましたが離婚できた今は幸せです。

ぺんちゃん
28歳

A妻の金遣いが荒くなった

結婚する前からブランド品や高級なものが好きな妻でした。結婚指輪に関しても妻からこれがいいという提案があり購入しましたからね。それでも結婚前や結婚直後くらいまでは自分の給料でなんとかカバーできるレベルでした。20代後半で普通よりやや下くらいの給料の私にブランド品の服やバックを買うのは結構な負担になります。

結婚して夫婦での問題はお金の使い方でしたね。よく買い物のことで喧嘩になっていましたから。「買うな」とは言えず「もっと安いものを」とか「他ので十分だ」という感じで言っていました。しかし、あまり言うことを聞かずむしろ購入額が増えていきました。将来のために貯金をしたかったし、子供のことも考えました。しかし結局妻の浪費癖が改善することなく離婚するということになりました。

ゆーさん
32歳

Aお金の切れ目は縁の切れ目

元夫は飲食店で仕事をしていました。いろんなジャンルを経験したいとのことで転職を何回も繰り返していましたが、とりあえず共働きで生活できるだけのお給料はもらってきていました。しかし3年前家族に内緒で勝手に借金をして自分の店を出すことになったと告げられたのは店の開店1か月前。

反対しようがない状態で言われたため生活費を毎月入れることを約束して承諾しました。最初の3か月は約束通りお金を入れてくれていましたが、店が思うように繁盛しなくなってからは全く生活費を入れなくなりました。何回も話し合いをしても店を辞める気にはならないようだったので私と子どもは実家に帰る形になり最終的には離婚することになりました。

yuki
40代後半

A私よりも大事な用事ですか?

私が離婚を決意したきっかけの一つが、「この人は私の味方にはなってくれない」と感じたことでした。その日私は朝から体調が悪く、しばらく布団で横になっていたのですが、その日は午後から夫と一緒に義実家に行く用事があったので、「出掛けられるかな~」と迷っていたのです。

大した用事ではなかったので夫に一人で行ってもらってもいいかなと思い、夫に「体調が悪いから一人で実家に行ってもらえるかな?」とお願いしたのです。するとこんな返事が返ってきました。「俺の実家に行く時になると体調が悪くなるよね」と。その時に感じたのです。「世の中のすべての人が私の敵になったとしても、この人は私の味方にはなってくれない」。我慢の限界を感じた一言でした。

ぺんぺん
30歳

A修復は難しいですね

離婚にいたるまでには色々な思いがありました。子供のことや今後の生活の不安があるので何度もやり直そうという思いがあり、我慢や葛藤がありました、妻も同じ思いだったのではないかと思います。もやもやしている気分であった時に妻から放たれた一言で離婚を決意しました。結婚してから勤務していた会社が倒産したことで生活が困窮しました中々以前と同じ条件を得ることが難しく、転職にも失敗をしてしまい給与が下がってしまいました。妻も理解し節制をする生活を続けていましたが、今後のことを考え妻がパートに出ることになりそれによって生活が変わってしまいました。

妻は一生懸命働き早朝出勤や残業をすることでストレスがたまっていたのだと思います。仕事場の仲間と飲みに行くことが多くなりました、これがストレスの発散だったと思います。何度目かで私が妻に対して叱責をしてしまった時に妻からの一言が出ました「給料が少ないから仕方がない」それを聞いたとき私の中で弾けてしまうものがありました。妻は謝りましたが私の中のコンプレックスに対しての発言に私は許すことが出来ませんでした。結局これがきっかけになってしまいました。

ニコリコ
27歳

A誰が悪かったのか何が原因だったのか?

恋人同士だった頃、彼は紳士的でデートの約束もすっぽかされたこともなく、二人の記念日も彼は忘れたことはありません。彼は専門職でしたので安定していました。彼のご両親もきちんとされた方で、家の中は掃除もいき届き、インテリアの一つにも気配りを感じました。平凡なサラリーマン家庭でざっくばらんに生活をして、こたつでゴロゴロする私の実家とは大違いでした。若かった私がそんな絵に書いたような生活に憧れないわけがありません。

そして彼と私は結婚し、人も羨む美しいマンションで二人きりの生活が始まったのです。それからが違和感の連続でした。毎日夕方6時半に帰宅するのです。時計より正確にたまの職場の飲み会は8時半帰宅。お給料もきちんと入れてくれて二人で予算をたてます。もちろん大声で怒鳴ることもなく暴力もふるわず。浮気の気配さえありません。専業主婦になった私に嫌味の一つも無いのです。傍から見ると非の打ち所のない生活でしたが、離婚という文字が頭から離れなくなりました。それから胸の中を洗いざらい夫にぶちまけましたが、夫は5歳上でしたが何も理解できずオロオロするばかりでしたが、性格の不一致ということで決着がつきました。

みーくん
38歳

A結婚しても「家族」になれませんでした

結婚すると家族になれると思っていましたが、苗字の変わらない彼は家族になった実感を持っていなかったようです。彼の実家は同じ都内でしたが、ほとんど実家に連れて行ってくれませんでした。ある日実家から「北海道の親戚から鮭が届いたので、実家で食べてきた」と言うので「私も行きたかったな」というと、「鮭食べたかったの?」と聞かれました。そういう問題ではないのを説明しても理解されませんでした。

決定的なのは、私が銀行に行こうと印鑑を用意していたのですが、仮に結婚後の苗字を「田中さん」とすると、彼はこう言ったのです。「何で田中っていう印鑑を持っているの」と、私をまるで泥棒を見るような目で見たのです。一瞬何を言われたのか理解できませんでした。彼は最後まで夫婦であるという自覚がなかったのです。今思い出しても腹立たしいですが、離婚して良かったです。

ちーかま
20代後半

A私が離婚を意識したとき

私は20代前半のときに、友人の紹介で知り合った三つ年上のMという男性と結婚しました。交際期間は約一年で、友人からは早く結婚出来て羨ましいと言われました。結婚する前はお互い実感暮らしで、籍を入れるタイミングで同棲を始めました。共働きなので私が後から帰ることもしばしばあるのですが、家に帰っても彼は何もせず携帯をいじっていました。初めは仕方ないと思っていたのですが、私が風邪で会社を休んで寝ていた日に、彼は家に帰ってくるなり「夕飯は?」「風呂は?」とお構いなしに言って来ました。

私は体調が悪いから夕飯は適当に済ませてほしいと言うと、「家事は女の仕事だ」といってまた携帯をいじりだしました。仕方なく私はその日家事を何とか済ませましたが、もう我慢の限界となり、翌日、彼に離婚届を突きつけました。完全に頭に血がのぼった私と離婚届を見てさすがに彼も動揺したのか、それからはゴミ出しと風呂掃除はやってもらえるようになりました。あの時彼が考えを改めていなければ、きっと離婚していたと思います。

この記事を書いたライター

木村さくら

自称「健康オタクで美容オタク」。最近自家栽培にハマってます。

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