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私たちコレで離婚回避できました!夫婦の離婚危機&回避14

私たちコレで離婚回避できました!夫婦の離婚危機&回避14

私たちこれで離婚回避できました!夫婦が直面した離婚危機と経過の体験談。大切なのは本心を伝えることと相手に寄り添う気持ち!

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私たち夫婦はこうして離婚回避できました!離婚危機と回避した方法

妻や夫に突き付けられた離婚届けを目の当たりにして焦る相手!
悲しいかな真剣に離婚をぶつけてみてやっと気持ちが相手に伝わることもあります。今回はどの夫婦でも一度は経験済み?の「危なかったけどこうして離婚回避できました!」というエピソードをご紹介。まさに今何とかして離婚を回避したい人はどうぞご参考に!

Q離婚危機だったけど私たちこれで何とか離婚回避できました!

離婚の危機に直面した夫婦に離婚を考えた理由とそこから離婚回避に至ったエピソードを聞きました。

愛情不足が原因で…

愛情が足りずに夫婦の溝が広がる若い夫婦

みるこ
40歳

A離婚危機をピンチが救ってくれた。

40歳主婦です。3年ほど前に近所の騒音に悩み、いつも夫に愚痴を吐いていました。そのうち夫も聞くのが嫌になり話を避けるようになりました。そんな夫に私の不満が募ってしまいます。自分の気持ちを理解してくれない苛立ちから夫を避けるようになり会話も最低限しかしない生活になりました。夫が帰宅しても無視。朝も挨拶なしの日々でした。次第に夫も嫌気がさしてきたみたいでご飯も寝室も別になりました。そして夫の方から離婚を切り出してきたのです。正直離婚まで考えていなかったのでとても焦りました。

そんな時、夫の病気が発覚して入院する事になり私が入院の準備をし病室にも毎日行って世話をしました。夫も入院がとても不安だったみたいで、見捨てることなく傍にいた私に対し感謝の気持ちを伝えてきました。ピンチの時ほど有難さが身に染みます。私も離婚を切り出されたときにすごく実感しました。夫の病によって絆がとても深まりなんとか離婚回避できました。

トローチ
20代後半

A夫の愛情のなさがショックで離婚を考えた!

その日、いつものように仕事をしていたら会社に一本の電話が入ったんです。私が代わると母が慌ててうちの子が頭を打って病院に運ばれたことを教えてくれました。本当に焦って、私はすぐに会社の人に仕事を任せて慌てて病院に向かったのです。どうやら母の家に預けていた子供が誤って窓から足を踏み外して頭を打ったらしいです。心配で心配で仕方がなくて無事だと分かったときは泣いて喜びました。
その日は私が病院に泊まり込みをして子供を観ていたのですが、その日いつまで経ってもうちの夫は病院に顔を出しませんでした。仕事の関係で飲みに行っていたと聞いたときは、あまりの子供への愛情のなさにショックでした。

これがきっかけで夫のことを信用できなくなって、離婚を考えたのです。しかし最終的にぎりぎりのところで私は踏みとどまり離婚回避できました。夫も私の怒りを感じて大分反省してくれたみたいで、それを機に子供に対して優しくなりました。あの出来事で私は夫とゆっくりと話す機会を持ちました。それが良かったのか今の夫は昔よりずっと私や娘たちを大事にしてくれていて、夫婦円満な生活ができています。

とるまりん
30代前半

A期待はしすぎない

最近「イクメン」が流行っています。私も結婚前は、夫に「イクメン」になってもらいたいと思っていましたし、夫にもそう言っていました。夫は、子供の世話をしないなんて有り得ないと答えてくれたので、私は安心して出産しました。ですが、やはり理想と現実は違います。夫は、機械的な世話は文句言わずにしてくれました。おむつ替え、食事やお風呂の世話などです。ですが、子供と心の交流が出来ない人だったのです。私には優しいのですが、子供には冷酷なところが多々あったため、ある日私は夫に聞いたのです。「子供を愛してる?」と。夫は「分からない」と答えました。

私にとって子供は命より大切な存在でしたので、私ごと否定されたような気がして、その日から離婚を真剣に考えるようになりました。ですが、そうなると夫の子供への態度は更に悪化しました。そこで気付いたのです。私との夫婦関係が良好であればあるほど、夫は子供に優しいことに。夫にはたくさんのことを期待しすぎず、私から愛情深く接することで夫は子供にも優しくできるようになり、今では離婚までは考えないくらいには良好な夫婦関係・親子関係です。

子どもに救われた!

夫婦の離婚危機を救った赤ちゃんの手

みーちゃん
29歳

A結婚4年目の離婚危機

私たち夫婦が離婚危機に陥ったのは結婚4年目のことでした。女性側の私の意見は、年子で二人目の子供が生まれたのにもかかわらず、夫は平日も休日も家事育児を一切手伝ってくれなかったということに対する不満と、休日は家族を放置して趣味の野球に没頭していたというところが離婚を考えた理由です。ハッキリ言って夫はお金を稼いできてくれはするものの、帰ってくると人一倍手がかかるし、家にいると何か用事を頼まれるし、いない方がいろいろなことがスムーズに進むといつも思っていました。

そんな私の雰囲気を察してか、夫も常にイライラしていて、二人がそろう食卓は雰囲気が悪くなりました。そんな日々が2~3ヵ月続いたある日、些細なことでケンカになり、初めて子供の前でケンカをしました。すると娘が泣きながら一言「ケンカしないで」と言ったのをきっかけに私たちももう一度話し合い、考えを改めなおすことにしました。夫は休日の過ごし方や平日の態度を少しずつ改めてくれるようになり、私も夫への感謝を忘れないようになったことで離婚を回避しうまくいくようになりました。

はなや
33歳

A子供の存在に救われました

結婚してすぐに子供が生まれたのですが、夫が育児にまったく協力をしてくれませんでした。わたしもフルタイムで働いているのに、育児と家事で疲れてしまい倒れかけたこともあります。夫に、育児くらいは協力してほしいとお願いしましたが、夫の仕事は年中忙しく夜も帰りが遅いので無理だと言われてしまいました。夫が大変なことは理解していましたが、まったき聞き入れてもらえず、わたしは離婚も考えていると伝えて子供を連れて実家に帰りました。実家は車で一時間くらいの場所にあります。夫は、しばらく何も言ってきませんでしたが、2週間が過ぎた辺りから電話やメールが頻繁になり、1ヶ月程で迎えにきました。

子供に会えなかったことがよほど堪えたようで、これからは育児に協力することも約束してくれました。今は、休みにだけですが子供のお世話をしてもらっています。わたしはその間に、買い物や美容室に行ったりと息抜きをさせて貰うことにしています。

カウンセリングに救われた!

離婚相談に訪れた夫にカウンセリングをする女性

rty66
30代後半

A妻がギャンブルにはまってしまって

会社員をしている30代後半と専業主婦20代の夫婦です。離婚に直面した危機は妻がギャンブルにはまってしまったんです。どうやって覚えたのか毎週週末になると妻が競馬場や競輪場に通うようになりました。家にはパチンコやスロット、競馬、その他ありとあらゆるギャンブルの雑誌が散らばるようになり、妻は服装が派手になりそして子供を置いてギャンブルにはまるようになったのです。それを最初は唖然としてみていました。注意しても一向に辞める気配がないし困ったものでした。

そしてある日通帳を見たらほとんど残高がゼロなんです。これには驚いてしまい、私も離婚を決意しました。しかしながら妻の両親が私に涙ながらに離婚しないでくれと懇願してきたので、一緒にメンタルヘルスに通うことにしました。そうすると妻もだんだんギャンブルから離れていくようになり昔の妻に戻ったのです。しっかりとしたケアを受けたことが離婚を回避した理由でしょうね。

両親のおかげ

夫婦仲を心配して助けてくれた義両親と家族

あんぱん
29歳

A産後クライシスとやきもち。

出産後、私は産後クライシスになってしまいました。睡眠不足なのと連日赤ちゃんのお世話に追われていてストレスが溜まったことも関係があるのだと思います。夫の言うことすることすべてが無神経に思えて腹が立って仕方ありませんでした。夫も私が子供子供とそちらばかり気にかけるのが面白くなかったようでスネたりわざと困らせるようなことをしてきました。

しかし、産後クライシス中の私にそんな夫を受け入れられる器などなく、パートナーである貴方が助けてくれないどころか私に迷惑をかけるとはどういうことだと怒って離婚話になりました。お互いの両親に報告したのですが、両親は何日か日をあけても考えが変わらないようなら離婚しなさいと言ってきたので、冷却期間を置くことにしました。その後冷静になった夫から謝罪があり、私も謝罪をしてなんとか離婚回避できました。この離婚の危機の後は基本的に仲は良いです。一度両親に迷惑をかけているので仲良くしなければと意識しています。

本音をぶつけたことがきっかけで

お互いの本音を言い合い絆が深まった夫婦

polen
40代

A子供達の良い環境を保つために今でも私は努力を続けています。

主人は主人の両親に対して柔軟に対応する人。悪く言えば子が親に従う事は当たり前だと言う観念を持っています。私は違う環境で育てば少なからず考え方や概念の違いなどはあるかとは思っておりました。しかし結婚生活が長くなるに連れて主人の両親に対して疑問を抱き始め、間違っている事でも謝罪をしないなど納得できない行動が増えていきました。私たち夫婦の都合も考えず無理な要求などもありました。私は些細な義母の事については私は自分自身の中で解決していましたが、私の父が他界して1か月後に二男を出産し精神的にも体力的にも大変だった頃、産後1か月も経たない時に義母から私の父の事について心ない事を言われました。

主人に相談をしましが、取り合って貰えなくもう限界を感じ離婚を切り出しこれまでの経緯を話しました。それからは主人は子供達の為にやり直す事に努力を続けました。子供達の良い環境を保つためや母として私は何を言われても何をされても自分の口を汚すような事を言ったり行ったりはしませんでした。離婚を撤回するまで月日が掛かりましたが我慢が報われるました。子供達の良い環境を保つために今でも私は努力を続けています。

たまし
32歳

A腹を割って全て吐き出す!

私の場合はもともと夫婦仲もよく穏やかに優しい主人に恵まれ過ごしておりましたが、姑のことで唯一悩んでおりました。いつも主人は口が足らず、話も聞いてくれないことも多く話をしても考えすぎだ、とか不機嫌になるのであまり話し合いもできませんでした。そんな主人と義両親との同居生活はいろいろと苦痛の日々が続き、だんだんと精神的におかしくなっていきました。

それでも主人にアパートを借りて暮らそうと話しても、部屋があるのにもったいない、そんな暮らしていけるお金もないくせにバカじゃないか、と言われたりしました。そのうち妊娠してわたしも自分の子供を守ることを第一に考え、気持ちを改めて主人に強気で話しました。
自分が辛いこと、今のままでは離婚したいと話しました。泣きながら、でもずっと話しました。一日中話しました。ひどい言葉も話しました。それから主人が初めて事の重大さに気づいたのか謝ってくれ、すぐにアパートを探そう、と言ってくれました。引っ越ししてからの家族だけの新しい生活になってからは主人も一家の主としてよ自覚が芽生え、また穏やかに過ごせています。
あの時爆発してよかったです。これからもしっかり強気で言いたいことはきちんと言わないと鈍感な主人には理解しにくいので頑張ります。

いなり好き
40歳代前半

A口喧嘩と夫婦の約束

私も旦那も同い年ということもあり、ケンカになるとなかなか互いに折れません。一度だけものすごい口喧嘩をしたことがあり、私が家を飛び出したことがありました。ケンカの内容はあまりよく覚えていないのですが、何かのことで責められたことをきっかけに、普段我慢して言えなかった積もり積もったものが爆発したのだと思います。

旦那に、過去のことを遡って言い返しているうちに、自分でも「こんなにストレス溜めてたんだ」と気付きました。言いたいことを言ってから、私は家を飛び出してしまいましたが、旦那がすぐに追いかけて来てくれ、互いに膝を突き合わせながら思っていることを話し合いました。普段から相手に対して思っていることを我慢しないという約束を交わし、今のよい関係に続いています。

ぽんこ
34歳

A仕事と家庭のバランス・アンバランス

当時2歳と9歳の子供を育てながら共働きをしていました。(現在も共働きです)夫は仕事が忙しく、帰宅が毎日0時すぎで土日も出勤しておりました。私もフルタイムで働いており、家事と育児と仕事を一人でこなし、家事が終わって休めるのが23時過ぎという毎日でした。手抜きが下手な正確なため体を壊して病院を受診していたのですが、夫からの家事・育児の協力が無い上に夫婦の会話すらとる時間もなくお互いストレスが溜まっていました。

ケンカが増え家族で過ごせるたまの休日でさえグッタリとダラダラ過ごす毎日でした。このままでは共倒れになると思い子供を祖母に預け1日夫婦で話し合いました。冷静になれるように美味しいイタリアンのレストランでランチをしながら話し合い、夫は仕事を調整できるよう会社と話すことを約束し実践してくれました。私は家事を少しでも楽にして子供とゆっくり過ごす時間をとるために食器洗い乾燥機や洗濯機を乾燥までできる物に買い替えたりし、離婚回避できました。現在は夫も22時は帰宅し、隔週ですが休日も土日お休みが取れるようになりました。

もも版
41歳

Aやはり大事なのは

些細な事で意見の食い違いは17年も一緒にいると起こるものです。1番上の子供が中学2年生の時定期テストの点数があまりにも悪かった時がきっかけで、子供の教育方針について夫婦で話をする機会が増えたのですが…。かたや教育者家庭に育って公立一本塾にも通わず自力で医学部卒業、かたや商売人の家柄先行投資は当たり前お金は天下のまわりものと教えられ育ってきたということもあり、その度に意見の食い違いがありました。

お互いの教育環境を理解するのにも時間がかかるのはさることながら、子供が中学2年生で切羽詰まる成績でこれから子供がどう進んでいけばいいのかなどとにかく想定が違いすぎ!
話し合う時間は欲しいけど受験まであと一年、すぐ取りかからないと間に合わないと焦りながら勉強方法を子供に教えました。しかし母と父の到達目標の違いに折り合いがつかず子供を巻き込んで連日深夜まで話し合いの日々…なかなか分かり合えないので限界を感じこのままでは子供が可哀想と思い離婚を考えました。しかし家族を思う気持ちが強いことは同じということで、ちぐはぐなお互いの教育方針にも深め理解することができたと思います。今は子供も進学校で自主的に頑張っているので見守る覚悟ができました。

一旦は離婚回避したものの…

一度は離婚危機を回避したが再び危機が訪れた夫婦

ゆかり
27歳

A子供の貯金を使われました。

夫が「FXの口座を開設する時に30万円入金するとお祝い金が出るから貸して欲しい」と言われた時のことです。子供の教育費にしようと貯めていたお金しかなかったので、使わないことを条件に貸し出しました。ある日、学資保険に入るから返して欲しいと言った時に投資に失敗して残金がないことが判明しました。洋服や化粧品など欲しい物を我慢して子供のために貯めたということを知っていて使ったことが許せませんでした。それがきっかけで家族を大切にしない人なんだなと感じました。

結局、毎月のお小遣いから少しずつ返済することで話はつきましたが、返済は現在も終わっていません。また、一旦は離婚を回避したものの、このことがあってから夫が嘘を言っているのではないかと疑うことが多くなりました。一度失った信頼を回復するのは難しいです。

わかぞー
39歳

A生活の為離婚を踏みとどまった

私が妊娠中にもかかわらず、夫が遊んでばかりで帰宅が遅いので離婚を考えました。妊娠という体調の変化にイライラしている私をよそに、夫は遊んでばかりで一切気づかいをしてくれませんでした。何度言っても夫は聞いてくれず、泣いて抗議して離婚を申し出ました。夫は絶対に離婚したくないようでしたが、私の意思は決まっていました。役所から離婚届をもらって離婚届を見ていると、子供を産んだ後、どう生活していくのかと現実的な事を思うと不安になりました。夫はずっと離婚には反対していたので、私は離婚を踏みとどまりました。

実際産まれてくる子供が父親がいないと言うのはかわいそうだし、専業主婦の私が生活費を稼げるとは思えません。割り切って生活の為に離婚をしない事にしました。

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この記事を書いたライター
木村さくら

木村さくら

自称「健康オタクで美容オタク」。最近自家栽培にハマってます。